報道記事 < 2005年12月 >


県内唯一の和洋裁の専門学校だった「北上文化服装専門学校」は、2006年度から「北上服飾専門学院」として新出発いたしました。一時、経営者の体調不良により廃校の危機となりましたが、教職員らが、「和洋裁技術を教える学校をなくしたくない・・・」と存続の道をつなぎました。このことが記事として新聞に掲載されました。

2005年12月9日付
岩手日日新聞 様
2005年12月27日付
岩手日報 様

記事全文

和洋裁教育の灯 消えず

北上文化服装専門学校 廃校の危機 職員ら奔走

 名称を変え再出発 県内唯一 「手作りの良さ、喜びを」

 県内唯一の和洋裁の専門学校、北上市花園町の北上文化服装専門学校は来年度から、「北上服飾専門学院」として生まれ変わる。経営者の体調不良で一時は廃校の危機にさらされたが、和洋裁技術を教える学校をなくしたくないと、教職員らが存続の道をつないだ。機械による既製服が主流となっている中、関係者は「手作りの良さとものづくりの喜びを絶やしたくない」と決意を新たにしている。

 北上文化服装専門学校は一九五〇年創立。高卒以上を対象とした洋裁和裁専門科、中卒以上の洋裁和裁高等科を設置し、これまで三千人を超える卒業生を輩出している。
 県内各地で和洋裁の専門学校が姿を消す中、県内で唯一の専門学校として頑張ってきたが、十一月に経営者の理事長兼学校長が体調不良で入院。後継者も見つからず本年度いっぱいで廃校の流れが強まっていた。しかし、現在二十人の学生が在籍する中、卒業まで一年間の課程を残す学生は三人おり、「このまま廃校になれば子どもたちが路頭に迷う」と教職員らが存続の可能性を模索した。
 その結果、事情を知った理事長兼学校長の親せきで、北上市の会社役員小原和子さん(62)が理事長就任を受諾。名称を変えて、新たな一歩を踏みだすことになった。
 教職員の一人で縫製工場も経営する木戸口輝子さん(65)は「どうしても廃校が避けられないとなれば、塾のような形で縮小するのも仕方がないと思っていた。本当にありがたい」と感謝する。
 来年度からは現在の北上市花園町から同市本通り二丁目のビルに移転。必修科目にパターン制作、書道、華道を加え、基礎訓練の充実を期す。
 本年度末で卒業する伊藤藍さん(20)=和洋裁専門科二年=は「変わったデザインをつくろうとすれば、教科書通りにいかない。そこを指導してくれるのは、先生たちの経験だ。ここの学校にはそれがある」と言う。
 中国製をはじめ輸入物に押され気味だといわれる日本の服飾業界。理事長に就く小原さんは「将来はこの岩手から、パリコレクションを代表するような人材を輩出したい」と大きな夢を描く。
 新年度の生徒募集は、今月一日から入学願書の受け付けを開始。定員は、洋裁和裁専門科三十人、同高等科二十人。問い合わせは北上文化服装専門学校(0197・63・2832)へ。


北上服飾専門学院